LET THERE BE MUSIC

自分の好きな音楽、アーティストに対する考察。まずは自己満

井上陽水のススメ 『バレリーナ(1983)』

 モノマネで使われる歌手ベストテンには必ず入ってくるだろう。独特の美声から繰り出される名曲の数々は老若男女あらゆる世代に知られていることと思う。僕は世代ではないがそれでも一音楽好きとしてそれなりに聴いてきた。ご存知ですか。井上陽水です。

 陽水の魅力はなんといってもその声だ。電話帳に書かれた名前を読み上げていくだけで人を感動させられるだろうと揶揄されたほど、それ自体が音楽のような声。バラードにアンビエントな雰囲気の静かな曲が多いのはその声を生かすためのものだろう。また彼の書く歌詞も大きな魅力だ、ボブ・ディランに影響を受けたという、シュルレアリスティックで奇妙な言葉の数々はその声の魅力をさらに引き立てており、初期のヒット曲「夢の中へ」では「探し物はなんですか 見つけににくいものですか」とディランの「風に吹かれて」のような表現で聴衆を煙に巻き、代表曲「リバーサイドホテル」では「金属のメタル」「川沿いリバーサイド」同じ言葉を意味もなく反復し、今でも夏に流れる「少年時代」に至っては「風あざみ」という陽水の造語をなんの違和感もなく曲に入り込ませることに成功している。

 僕がなんといってもすごいと思うのは初期のフォークロックからニューミュージック路線、ニューウェーブAOR路線、現在のラテン路線(?)へと渡り歩いてきた井上陽水の音楽的変遷の軌跡である。個人的にはこうした陽水の音楽的変遷はデヴィット・ボウイのそれに近いものがあるのではないかと思っている。「傘がない」のように70sの時代の空気を反映した暗いフォークシンガーから、「ホテルリバーサイド」の80sの都会の夜の怪しい空気を纏ったニューウェーブアーティストへ無理なく華麗に転身し、かつ人気を得ることができたのは、ヴァージンVSへ転身した同じく元フォークシンガーのあがた森魚と同様にスゴイ。

 僕が一番好きなアルバムは『バレリーナ(1983)だ。前作『LION&PELICAN』からさらにニューウェーブ路線を推し進めたアルバムであり、全編アレンジャーでキーボードの川島裕二アヴァンギャルドなアレンジが冴え渡っていてレゲエ、ファンク、ロカビリー、アンビエントを取り入れた曲の数々は絶品だ。そんな曲に負けじと、もはや抽象画やバロウズカットアップの域まで達しているような狂気的で心配になるような陽水の詞がまたすごい。これが歌謡曲の枠で売られていたのかと思うと笑いが込み上げてくる。CMやよく知られた曲ではわからない陽水の不気味で危険な魅力にあふれたアルバムだ。