LET THERE BE MUSIC

自分の好きな音楽、アーティストに対する考察。まずは自己満

まだ、生きてる。Tom Waits『Closing Time』

 ひとりで聴くことが求められる音楽というものがある。誰かと一緒に聴いたり、BGMとして流し聴きする種類の音楽ではなく、ひとりだけで自分の世界に耽溺していくための音楽。僕にとってそれはThe Bandの『Music From Big Pink』であり、今日ご紹介するこのTom Waitsの『Closing Time』だ。

 はじめてこのアルバムを聴いた時からその独特な雰囲気にやられていた。夜明け前を指す時計の下、小さな照明に照らされた、ピアノを前に寄りかかるようにうなだれるトム・ウェイツ。このアルバムジャケットからレコードに針を落として流れてくる音楽には全く齟齬がない。ピアノの弾き語りを軸にドラム、ベース、ギター、ストリングスを使ったバンドサウンドには、トランペットやウッドベースを使ったジャズ的なアレンジのものもあり、アルバムの音をユニークなものにしている。

 トム・ウェイツがしゃがれ声で歌うのは、去っていた恋人や、もう戻らない過ぎ去った時間への慕情である。そして、たとえ人生がむなしく孤独であってもそれでもあなたはまだ生きてるのだ、と気づかせてくれるような素晴らしい歌詞を書いている。発売当時、若干26歳であったことが信じられない、実に老成したシンガーソングライターだ。このアルバム発表以降、Tom Waitsはますますその夜の世界観を深めていき、7枚目のアルバムで、ついには地下室にまで潜ってしまう。声もガスガスでより鋭利な響きになり、曲調もほとんどちんどん屋のキャプテンビーフハートのような、かなりアヴァンギャルドなものも歌われるようになっていった。この変化も媚びていなくて実に男らしい。