LET THERE BE MUSIC

自分の好きな音楽、アーティストに対する考察。まずは自己満

孤独な夜に見出した一筋の光 The Blue Nile『Hats (1989)』

 夜の埠頭、光に照らされた岸辺を見つめながら、帽子深く被った男が肩をすくませて佇んでいる。暗闇に邪魔されて男の顔は見えない。向こう岸にはビル群が立ち並び、都会の喧騒にまみれたネオンの光が夜光虫のように瞬いている。男の周りの時間は止まり、一人世界に取り残された静寂だけがそこにある。そんな光景がこのThe Blue Nile『Hats(1989)』を聴いて思い浮かんだ。

 The Blue Nileはとにかくアルバムを出さないことで有名であり、1984年のデビューアルバム『A Walk Across the Rooftops』から5年でこの2nd『Hats』、その7年後に3rd『Peace at Last』とその評価の高さとは関係なく、忘れ去られた頃にアルバムを出して驚かれるようなバンドである。なお現在の最新作は『High(2004)』である。 

 ここまで寡作である理由は彼らのアルバムを聴けばわかる通り、ミックスひとつとっても妥協できない徹底した完璧主義であることからきているのだろう。このアルバム『Hats』のように音が良いアルバムはRoxy Music『Avaron』やPrefab Sprout『Steeve McQueen』などいくつかあるが、1989年発表の今作は80年代の深いリバーブがかかったキラキラしたあの時代の音像の一つの完成形のように思える。一つの時代を作ったリズムマシンTR -808の音が鼓動のように脈打ち、柔らかな音色のシンセサイザーが鐘のように響き渡る「Over the Hillside」はこの孤独感に包まれたアルバムの幕開けに相応しい出来で、「丘の向こう側へ」「明日会いに行こうか」と歌うボーカルのリフレインに呼応するかのように高まるストリングスのアレンジが見事だ。続く「The Downtown Lights」はアルバムからの先行シングルで、そのタイトル通りダウンタウンのキラキラした光の街並みが見えてきそうな優しい音空間をつくっている。アルバム全ての曲に言えることでもあるが、この曲はシンセサイザーとギターなどの生楽器の融合がとにかく見事で、それぞれの楽器の響きを損なうことなく、隅々まで重なり合って鳴りきっている。その音像は80年代のウォールオブサウンドともいうべき素晴らしい出来だ。

 音楽のどこまでも広がる優しい音像と、それと対比するように、孤独や切なさをにじませた歌詞を悩ましく歌い上げるブキャナンのアーティスト性が見事に時代に結実した名盤である。