LET THERE BE MUSIC

自分の好きな音楽、アーティストに対する考察。まずは自己満

『大衆音楽の真実』

 いま、中村とうよう著『大衆音楽の真実』という本を読んでいる。読んでいる途中なので全体の感想は言えないのだけれど、ポピュラー音楽のルーツを探求したい人には必読の本じゃないだろうか。芸能人、ポピュラー歌手のルーツを遡れば、支配体制の外側にいるはみ出し者、説教節や吟遊詩人だと指摘し、最初期のポピュラー音楽のルーツをポルトガルのクロンチョに求める。また、世界各国どこでも、質の高いポピュラー音楽が生まれるのは、文化が交差する植民地の港や、首都中心部の周りのいかがわしい場所だという。中村とうよう氏はこうした論考を多数の参考書や取材をもとに明らかにしており、実に納得のいく面白い一冊に仕上がっている。

 ただ、この中村とうよう氏、なかなかにくせのある人物だったようで、ポピュラー音楽評論家として業界内からはその偉業を称える声も多いが、彼の独善的な音楽批評に対しては疑問の声も多々ある。例えば、現在の世界の音楽シーンに切っても切り離せない存在であるHIP HOPを「黒人文化を破壊する」ものとして断罪し、パブリック・エネミーのアルバムに0点評価、マイケル・ジャクソンの『Thriller』を「黒人音楽の最も堕落した姿」としてこれまた0点。どちらもかなりイっちゃってる評価であり、そこに中村とうよう氏の哲学やポリシーがどのように絡んでいようが、擁護するにはなかなか厳しいものがある。そうした評価を下すに至った彼の考え方を知る上でもこの本はなかなか興味深いのではないだろうか。 

 ただ、現在の音楽評論家でここまで好き嫌いを発信する人はいないようにも思うので、ある意味尊敬の念もある。どんなに人気があろうと、音楽史的に重要な名盤であろうと、自分の肌に合わない音楽は普通の人間は聴かないと思うが(僕は音楽の趣味を広げようとマゾティックに無理やり聴いていた時期もあった……)、音楽評論家はそれでメシを食うのでどんなに自分の趣味ではなかろうが、聴いて何か文字で表さなければならない。それもどちらかと言えば肯定的にである。だが、そんな評論は保身に走ってるだけの魂もなければ存在する価値もない洗剤の宣伝文句のようなものである。そう考えると、この中村とうよう氏、言ってることはめちゃくちゃなこともあるが、自分がこう思うという点を第一に後先考えず発言しているというわけで、そういう意味では非常に評論家らしく尊敬できる存在なのである。色々問題もあるが、彼の博学さは評論家というより研究家といったほうがいいのではないかとも思えるほど、在野の方評論家の中でも抜きん出ていたように見える。いっぱしの音楽評論家を志す僕にとっては読まない手はない。